まずNachtigall (小夜啼鳥 さよなきどり 夜鶯とも) について少し調べてみると、春に啼き初めて、繁殖期は5月半ばから6月半ばで、その期間に啼くのは「繁殖相手が見つかっていない」オスだけなのだそうです。4秒位の啼き声は260パターンも確認されています(興味のある方はここのページのオスの啼き声 Gesang eines Mannchens をクリックしてください)。作詞者のハイネの時代にどこまで鳥類行動学的知識が普及していたのかは不明ですが、古代の詩人ホメーロスにも出てくるくらい、ヨーロッパ大陸の多くの場所に棲息していた小鳥ですから、日本のスズメのように親しみがあったのでしょうね。
ロマン派の歌曲に出てくる鳥の中で、かなりの頻度で出現する Nachtigall ですが、中でもロベルト・シューマンの「詩人の恋」第2曲目に出てくるNachtigallについて、以前から不思議に思っていました。なぜ一曲の中で二回も?
歌詞を良く読んでみると、
Aus meinen Tranen spriesen 私の涙から
Viel bluhende Blumen hervor, たくさんの花がわきだし
Und meine Seufzer werden 私のため息から
Ein Nachtigallenchor. 夜鶯の合唱が生まれる
Und wenn du mich lieb hast, Kindchen, だから愛してくれるなら
Schenk' ich dir die Blumen all', 花ならいくらでもあなたに差し上げよう
Und vor deinem Fenster soll klingen 夜鶯の歌ならいくらでも
Das Lied der Nachtigall. あなたの窓辺で奏でよう
「私の溜息 meine Seufzer」が何度も出てきて、Nachtigallenchor が森のなかで合唱しているような状態にするのは、一人では物理的に無理ですね?曲中にでてくるのは、複数形の「涙」、複数形の「花」、複数形の「ため息」につづいて、単数形の「夜鶯の合唱」で、第一連が終わっています。第二連は、複数形の「花」、単数形の「歌」、そして単数形の「夜鶯」で締めています。第一連でため息が変化して夜鶯と同化した恋する詩人は、第二連でついに夜鶯そのものになってしまいました。
こうして見ると、ハイネの詩は、単数形と複数形が上手に使い分けられて、恋する詩人の変身願望を実現しているのですね。